かつて、大和朝廷から続く中央政権から見て、現在の関東地方と東北地方といった日本列島の東方に住む人々を異端視・異族視して蝦夷(えみし)と呼んだ。
古代の蝦夷は、政治的・文化的に、大和朝廷やその支配下に入った地域への帰属や同化を拒否していた集団を指す。
そのため、次第に影響力を増大させていく大和朝廷により、征服・吸収され、中央政権の征服地域が広がるにつれ、蝦夷と呼ばれる人々や地理的範囲は北へ北へと変化する。
中世以後の蝦夷(えぞ)はアイヌ民族を指すのが主流であるが、近年の研究で、蝦夷(えみし)と蝦夷(えぞ)の連動性は薄いことが分かっている。
今から約1200年以上前、桓武天皇の時代になると、朝廷は東方にさらなる支配地域を求め、本格的な蝦夷(えみし)征討が開始される。
軍事遠征の準備が整った788年、征東将軍・紀古佐美(きのこさみ)に、蝦夷の本拠地である胆沢遠征の命令が下された。
朝廷軍は多賀城を出発し、789年、紀古佐美は胆沢の入り口にあたる北上川支流の衣川を渡ると、軍を二手に分けて北上川の両岸から、アテルイの拠点である巣伏村(現在の奥州市水沢区)を目指して進軍する。
北上川左岸を進む朝廷軍4000はアテルイ軍300と遭遇、朝廷軍が逃げるアテルイ軍を深追いして巣伏村に至ると、そこにアテルイ軍800が加わって反撃に転じ、さらに朝廷軍の背後からアテルイ軍400が現れた。
右岸を進んでいた朝廷軍が迅速に合流できなかったため、左岸を進んでいた朝廷軍は完全に挟みうちにあう。
戦闘とは囲い込みや挟みうちの状態をいかに作るかが勝負である。
100人の集団を20人が円形に囲んでいる状態を想像してみて欲しい。この100人と20人の戦いは圧倒的に20人側が有利になる。100人側の中心部は戦闘に参加できないため、ものの数にはならず、戦闘が展開される円周部の数的優位は20人側にある。20人側は二人で一人を攻撃しながらその囲いをジリジリと狭めていくことが出来る。
この例に近づけるための様々な駆け引きがなされるのが戦闘であり、軍事の天才と呼ばれた名将達は、アレクサンドロス大王しかりユリウス・カエサルしかり韓信しかり、この駆け引きを制するセンスが抜群であった。
アテルイ軍の挟みうちにあった朝廷軍は崩壊し、丈部善理(はせつかべのぜんり)ら将校を含む戦死者25人、矢にあたる者245人、川で溺死する者1036人、裸身で泳ぎ来る者1257人という大敗北を喫する。
この敗戦で、紀古佐美(きのこさみ)を征東将軍とした朝廷の胆沢遠征は失敗に終わった。
朝廷は直ちに次の胆沢遠征の準備をはじめ、征夷大将軍に大伴弟麻呂(おおとものおとまろ)、副将軍に坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が任命される。
794年、この第2回の胆沢遠征では朝廷軍10万がアテルイ軍に圧倒し、蝦夷勢力は胆沢の地から一掃された。
ここまでの戦いでアテルイ側は多くの兵士を失い、加えて西岸一帯の荒廃から食糧難となり、もはや蝦夷勢力には抵抗する力は無くなる。
坂上田村麻呂
しかし、796年、朝廷は弱った蝦夷勢力にトドメを刺すべく、前回の余韻も冷めやまぬうちに坂上田村麻呂を征夷大将軍にし、801年、前回の半分以下に縮小された約4万の軍勢で第3回の胆沢遠征を開始。
この遠征は胆沢に止まらず、遠く閉伊地方(岩手県閉伊郡)にまで侵攻し、いったん帰京した田村麻呂は朝廷から蝦夷をほぼ完全に制したという評価を与えられた。
802年、田村麻呂は確保した地域に浪人4,000人を移して胆沢城の建設を開始。
アテルイ側は立て続けに大軍に侵攻され、戦力が風前の灯となったところで、巨大な胆沢城を目にし、もはや万策尽きたことを受け止める。
アテルイ、モレ(アテルイに次ぐ蝦夷の代表)が蝦夷の戦士500余人を率いて、胆沢城造営中の田村麻呂に投降し、アテルイらは平安京へと連行された。
田村麻呂は、この先の蝦夷を安定させるにはアテルイらの協力が必要であると主張し、2人の命を救うよう提言するが、京都の貴族達は「野性獣心、反復して定まりなし」と国家に抵抗した蛮族に甘い顔をする方が蝦夷の支配が安定しないと主張する。
旧暦8月13日、河内国椙山(現在の現在の大阪府枚方市)にてアテルイとモレは処刑された。
アテルイについての史料は、蝦夷に文字資料がないため、敵である朝廷側の資料『続日本紀』での「巣伏の戦い」についての紀古佐美の詳細報告と『日本紀略』でのアテルイの降伏に関する記述の二つのみであるため、人物像などは全く分かっていない。
黄金が見つかったがゆえに朝廷への恭順を求められた蝦夷であるが、もともとは朝廷から辺境と蔑まされていたがゆえに平和に暮らせていた。
アテルイ達は、蝦夷が異境に生息する人に似た獣ではなく、家族と仲間と故郷を愛する人間であるがゆえに勝ち目のない抵抗を続けたことを、失われた平和と引き換えに、少なくとも田村麻呂には伝えたのではないだろうか。
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