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楊貴妃 (傾国の美女という汚名を着せられた天女の舞)

楊貴妃700x1000


楊貴妃が、絶世の美女として後世に名を残したのは、ただ美しかったからではない。

楊貴妃の美しさが中世の中国に多大な影響を与えたからである。


 

彼女はただ愛されただけである。

 
 

けれど、それで、歴史が変わった。

 

玄宗皇帝1
  玄宗皇帝

楊貴妃に多大な愛を注ぐことになる玄宗皇帝は、
8世紀初頭の唐(現 中国)の第9代皇帝であった。

 

玄宗皇帝は、馬術、弓術などの武術に優れ、さらに書道、音楽、占星術などの学問に長け、特に音楽はさまざまな楽器を巧みに弾きこなし、作曲の才能にも恵まれていた。

 

科学技術の発展にも熱心で、水力を利用した正確な時計や、巨大な鉄製のつり橋を広大な黄河に架けるなど、人民の生活向上に尽力する。

 

極めつけは、儒学の影響から進歩的な人権主義者であり、障害者や貧しい者のための病院を建設した。

 

 

当時の中国の君主は、神官としての職務もあったため、ひどい干ばつに襲われた時に、玄宗皇帝は33晩にわたって、飲まず食わずで天からの水を願って祈ったため、数日で痩せてしまう。

心配する廷臣に「自分は痩せて良い。万民を太らせねば。」とリーダーとしての姿勢を示す。

 

 

中国の歴史上、唐の時代は最も偉大な時代とされ、この世界で唐の皇帝に肩を並べることが出来たのは、ペルシアの大王とローマ帝国の皇帝だけであった。


楊貴妃を愛した男は、そんな偉大なる皇帝である。

 

楊貴妃5


楊貴妃は本名を揚玉環
(ようぎょくかん)といい、719年、蜀(四川省)の下級官吏の楊玄淡の四女として生まれた。

 

楊貴妃は幼いころに両親を失ったため、叔父の家で育てられる。

 
 

その類い稀な美しさは、幼少から知られるところとなり、宮女として後宮に入るや、17才にして玄宗皇帝と武恵妃の子である李瑁(りぼう)の妃として迎えられた。

 
 

後宮には、3千人もの宮女がいたといわれており、並みいる美女の中で楊貴妃に目が止まった事は、楊貴妃の並外れた美しさだけでなく輝くような存在感があったことを物語っている。

 

 

 

一方、玄宗皇帝が56才の時、武恵妃が40才で病死すると、妻を失った悲しみ、50代で独り身になった寂しさ、玄宗皇帝はそういったものから元気を失ってしまった。

 

 

玄宗皇帝が最も信頼していた部下である宦官の高力士から、絶世の美女として楊貴妃の話をしたのをキッカケに、楊貴妃は玄宗皇帝に見初められる。

 

楊貴妃22才であった。


 

その美しさに魅了された玄宗皇帝は、なんと息子の李瑁から楊貴妃を召し上げることにするが、そのまま楊貴妃を自分の愛人にしたのでは、いくらなんでも世間体が良くない。

 

そこで、一時的に楊貴妃を坤道(道教の尼)にして、息子から妻を奪うという構図にワンクッション入れた。

 

 

 

745年、楊貴妃は、後宮の宮女3千人の中で最高位となる「貴妃」の位を玄宗皇帝に与えられ、公に後宮に入る。

 

 

そして、楊貴妃の一族も一同に大出世していき、これが後々、大きな弊害を生むことになる。


 

叔父の楊玄珪、兄の楊銛、従兄の楊錡に高い地位が与えられ、3人の姉も「国夫人」という高い位を授けられて毎月高額の化粧代が支給される。

 
 

極めつけが、飲んだくれで風来坊に過ぎなかった又従兄 (はとこ)の揚国忠は、その後、国家NO.2格である「宰相」にまで登りつめ、宮廷全体を牛耳るほど権力を手にするようになっていく。

 

楊貴妃2

さて、楊貴妃をそばに置くようになった玄宗皇帝はすっかり楊貴妃が生活の全てになっていた。

 
 

楊貴妃からは龍脳(香料の一種)の香りが遠くまで届き、夏の暑い日に楊貴妃が流した汗はよい香りがするほどで、その髪は艶やかで、肌はきめ細かく、体型はほどよく、あらゆる楽器を自在にこなした。

 
 

また、踊りを踊らせれば翔ぶように見事に舞い、その姿はまるで天女のごとく、歌声も天下一品であったと伝えられている。

 

 

玄宗皇帝は作曲もするほどの芸術肌の人間だったので、楊貴妃は趣味嗜好を共有できる親友のような存在でもあった。


 

美人は三日であきるという俗言が示すように、歴史上、多くの権力者は当代一の美女をその生涯で何人も見初めてきたが、玄宗皇帝にとっての楊貴妃はその例には当てはまらない唯一無二の存在であった。

 

 

玄宗皇帝は、楊貴妃が望むことなら何でも叶え、貴重な果物ライチ(茘枝)が大好きだった楊貴妃に、少しでも新鮮なライチを食べさせたいという一心から、玄宗皇帝は何千キロも離れた嶺南から長安(現 西安)まで早馬で運ばせる。

 

砂煙をあげて走り去る早馬を見た人々は、それがまさか楊貴妃個人の嗜好を満たすためだとは夢にも思わず、急ぎの公用だと思っていたほどであった。

 

 

愛する楊貴妃のためなら、どれほど公務が妨げられようとも、玄宗皇帝はおかまいなしになり、国は大きく乱れていった。

 

 

 

 

752年、ついに楊貴妃の又従兄である楊国忠が宰相に登りつめ、楊一族の私欲に満ちた横暴は目に余る激しいものになる。

 

 

そんな折に、もともと楊貴妃に取り入って出世してきた安禄山(あんろくざん)が、楊国忠の地位を脅かす存在になってきたため、楊国忠は安禄山をひどく冷遇する。

 

 

755年、身の危険を感じた安禄山がついに反乱を起こす。

 

安禄山は長年、北方異民族から首都を防衛するためにつくられた節度使という軍隊の長官で、笵陽(北京)方面の軍団を安禄山は自在に操れる立場にあり、そのため、安禄山の起こした反乱は15万人におよぶ大軍であった。                      

 

 


破竹の勢いで進軍してくる反乱軍が、首都長安(西安)になだれ込んでくるのは時間の問題であった。

 
 

恐怖におびえた玄宗皇帝は、楊貴妃、楊国忠、高力士、李亨らを引き連れて、蜀(四川省)を目指して長安を脱出する。

 

 

しかし、同行する兵士達は次第に逃走に疲れ、疲れと共に反乱軍への恐怖が増していった。

 

そんな疲れや不安の矛先が、反乱の原因となった揚一族の横暴に向かうようになり、馬嵬(陝西省興平市)に至ると、楊国忠を強く憎んでいた武将の陳玄礼(ちんげんれい)を筆頭に兵士達は、楊国忠を殺害し、その首を槍で串刺しにして晒した。

 

楊貴妃の姉達も惨たらしい殺され方をする。

 

 

 

そして、楊一族の中で、楊貴妃一人が残された。

 

陳玄礼らは玄宗皇帝に対して、楊貴妃の殺害を要求する。

 

高力士は唐再興のために必要な決断だと玄宗皇帝に必死に懇願した。

 

 

楊貴妃は「国の恩に確かにそむいたので、死んでも恨まない。最後に仏を拝ませて欲しい。」と言い残し、首吊り死する。


 

この直後、楊貴妃の好きなライチが献上品として届いたので、玄宗皇帝はこれを見て涙が止まらなかった。
 

楊貴妃1
 

国が乱れたのは楊貴妃のせいではなかった。

ただ、賢明な楊貴妃は、国そのものといっても過言ではない皇帝の愛されながら、国のために自分がなにもしていない事、それを罪と理屈付けることの出来る女性だった。

 

 


やがて、玄宗皇帝は幽閉同然の身となり、楊貴妃の遺体にあった香袋を愛おしそうに手にしながら寂しさに耐える毎日を送った。

また、画工に彼女の絵を描かせ、それを朝夕眺めていたという。

 

 

 

 

現在、西安の西60キロほどの所にある馬塊に楊貴妃の墓がある。

 

楊貴妃にあやかろうとする人々が、碑の一部を削って持ち帰るため、半分ほどになっており、また、その墓の土を化粧の時に混ぜて使えば、楊貴妃のように美しくなれるという伝説
があり、土を持ち帰っていく者も多い。




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クレオパトラ7世 (世界史を大きく左右した圧倒的美貌)

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後世の人類が絶世の美女クレオパトラと称するクレオパトラ
7世フィロパトルが、王女として生まれたプトレマイオス朝エジプトは、地中海世界屈指の大都市アレクサンドリアを首都におき、ヘレニズム文化の中心として栄えていた。

 

 

プトレマイオス朝は、血族結婚を繰り返し「プトレマイオス」という名の男子と「ベレニケ」「アルシノエ」「クレオパトラ」というの名の女子が、兄妹・姉弟の夫婦で王位を継ぎ、共同統治するのが慣例であったが、共同統治でさえあれば男女に限定はされず母娘での女王二人体制も存在した。

 

 

 

 

紀元前51年、クレオパトラ7世が18歳の時、父の遺言とプトレマイオス朝エジプトの慣例に従い、クレオパトラ7世と弟プトレマイオス13世が結婚して王位に就く。
 

クレオパトラ7?

この頃のプトレマイオス朝エジプトには、相いれない二つの大きな主張が存在していた。

 

一つは、国民への重税につながる強国ローマへの貢納をすべきでないというものである。

例えローマの侵略によって国家が滅ぼされる可能性があっても、ローマには決して屈しないという反ローマ主義。

 

もう一つは、重税に対する国民の不満が出ようとも、ローマの属国に成り下がろうとも侵略されないように立ち回り、プトレマイオス朝エジプトを生き残らせるという親ローマ主義。

 


 

クレオパトラ7世は父の路線を踏襲するようにローマとの関係を重要視していた。

プトレマイオス13世は側近達の介入もあり、ローマへの非服従を強く主張していた。

 

 

 
 

一方で、ローマはローマで、ローマ内の権力闘争が熱を増していっていた。

ローマとの関係を重要視するクレオパトラ7世は、単純に親ローマではなく、ローマのどの勢力どの有力者を支持するかという難しい選択をしなければならなかった。

 

 

紀元前48年、人類史的な重要度特大級のローマ内戦「ファルサスの戦い」にユリウス・カエサルが勝利する。


敗れたグナエウス・ポンペイウスはエジプトへと逃れて来るが、プトレマイオス
13世によって殺害される。


続いてポンペイウスを追ってきたカエサルがエジプト入りする。

 

 
 

その頃、クレオパトラ7世は、プトレマイオス13世によってアレクサンドリアから追放されていた。

 

 
 

クレオパトラ7世はカエサルとの接触を望むものの、プトレマイオス13世派で埋め尽くされている王宮でカエサルに会うのは不可能に思われた。
 

 クレオパトラ6


そこで、クレオパトラ
7世は自らを絨毯に包んで、カエサルのもとへ贈り物として届けさせる。

 

古代エジプトでは、贈り物や賄賂として宝物を絨毯に包んで渡す習慣があった。「プレゼントはワタシ」そんな意味にも解釈できる行為である。

クレオパトラ7世は、なんともエロチックなメッセージと共にカエサルとの接触に成功する。

 

 

クレオパトラ7世の美貌、敵の中枢に単身侵入する豪胆さ、危険な目的にさえ遊び心を持たせるセンス、カエサルはそれら全てに驚愕し一瞬でクレオパトラ7世に魅了された。

 
 

カエサル52歳、クレオパトラ21歳であった。

 

 

 
 

クレオパトラ7世が強国ローマの支配者カエサルの後ろ盾を得たことに焦ったプトレマイオス13世は、もともと反ローマ主義でもあったため、カエサルの率いてきた軍を攻撃する。

 

この「ナイル川の戦い」でプトレマイオス13世は溺死した。

 

 

カエサルは、クレオパトラ7世との恋愛関係やプトレマイオス13世が反ローマ主義であることを抜きにしても、プトレマイオス13世を良くは思っていなかった。

 

政治的主張の違いから敵同士として命の取りあいをすることになっても、ローマ人としてローマを想うポンペイウスに敬意を持っていた。

敗走中を外国人に討ち取られたポンペイウスの無念を想うと同情せずにはいられなかった。

 

 

カエサルの後ろ盾を得たクレオパトラ7世は、もう一人の弟プトレマイオス14世を共同統治者にし、女王に返り咲いた。

 

 

 
 

紀元前47年、クレオパトラ7世は、カエサルの子カエサリオンをもうける。


翌、紀元前
46年、クレオパトラ7世はカエサリオンをつれてローマを訪れ、カエサルの庇護のもと目立たぬ形でローマに滞在していたが、紀元前44年にカエサルが暗殺された。

 

 

クレオパトラ7世は、カエサリオンが嫡子のいないカエサルの後継者となることを望んでいたが、カエサルは遺言書で養子であり大甥(妹の孫)でもあるオクタヴィアヌスを後継者と定めていた。

 

 

プトレマイオス朝エジプトを守ろうとし続けたクレオパトラ7世が、ローマ帝国を創造し続けたカエサルの思考を理解するのは難しかったのかもしれない。


守ろうとする者と、生み出そうとする者には、決定的な違いが存在する。

 
 

クレオパトラ7世は、カエサリオンを連れ急遽エジプトに帰る。

 

 

 

 

さて、ローマはカエサルの死により長い混迷に突入していく。

 

紀元前42年、カエサルを暗殺した一人ブルトゥスらと、カエサルに後継者指名されたオクタヴィアヌスらが「フィリッピの戦い」で決戦する。


クレオパトラ
7世はブルトゥスらを支援するが、勝利したのはオクタヴィアヌスらであった。
 

アントニウスとの出会い

オクタヴィアヌス側のアントニウスは、敵を支援したクレオパトラ7世に出頭を命じた。

 

 

クレオパトラ7世は女神アプロディーテーのように着飾り、香を焚いてムードをつくって、アントニウスのもとへ出頭した。


そうして、瞬く間にアントニウスを魅惑し、危機を乗り越える。

 

 

 

クレオパトラ7世と人生を添い遂げる事を望んだアントニウスは、妻であったオクタヴィアヌスの姉オクタウィアと離婚し、死後はエジプトでの埋葬を希望するなど、クレオパトラへの傾倒にともなってエジプト色が強くなっていく。

 


 

一方、ローマの覇権争いはアントニウスとオクタヴィアヌスによるものとなり、その争いも最終局面に達していた。

 

このオクタヴィアヌスとアントニウスの対立構造は、次第にローマの両派閥による争いというより「ローマ対エジプト」という構図に、アントニウスの振る舞いから矮小視されていった。

 

アクティウムの海戦 


紀元前
31年、アントニウス派およびエジプトの連合軍と、オクタウィアヌス派が、ギリシャ西岸のアクティウムで激突する。

 
 

この「アクティウムの海戦」と呼ばれる天下分け目の決戦には、クレオパトラ7世も自ら主力艦に乗り込んだ。

 
 
 

アントニウス・クレオパトラ連合軍は戦力的には上回っていたものの、両軍が少し交戦したとたんに、クレオパトラの艦隊が突然に戦線を離脱する。

 

 

彼らがどんな人生を歩み、誰を愛し、誰に愛され、そんなことには1ミリの価値もないかのように、男達は獣のように猛り狂って命を奪いあっていた。

 
 

数多の政治的修羅場を乗り越え、数多の殺傷沙汰にも直面してきたクレオパトラ7世であったが、戦場の地獄絵図には怯んでしまった。

 

 
 

さらに、アントニウスも愛するクレオパトラ7世を追って撤退する。

 


指揮官を失った連合軍は、命令系統を失い、烏合の衆と化し、ただただ逃げ惑いながら殺戮されるだけとなった。

 

 

 
 

アレクサンドリアに逃げ着いたアントニウスはクレオパトラ7世死去の誤報を聞いて自殺を図る。


アントニウス自殺未遂の知らせを聞いたクレオパトラ
7世は、瀕死のアントニウスを自分のもとに連れて来させる。

 

アントニウスはクレオパトラ7世の腕の中で息を引き取った。

 

 

 

そして、追ってきたオクタヴィアヌスがアレクサンドリアに到着すると、クレオパトラ7世はアントニウスの後を追うように、コブラに胸を噛ませて自殺した。
 

クレオパトラ最期
 

オクタヴィアヌスは、クレオパトラ7世の「アントニウスと共に葬られたい」との遺言を聞き入れた。


クレオパトラ
7世は、祖国エジプトよりも守りたかった我が子カエサリオンの助命は、女王らしく求めなかった。

 

 

 

オクタヴィアヌスはエジプトを征服し、カエサルの子カエサリオンを無慈悲に殺害した。

 

圧倒的な人気を誇るカエサルの子を生かしておけば、いつ誰が「カエサルの後継者」として担ぎ上げ、再びローマに混乱をきたすか分からない。


それは当然すぎる処刑であった。

 

 

 

紀元前30年、プトレマイオス朝エジプトは滅亡し、エジプトは皇帝直轄地としてローマに編入された。




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知っておきたいアレクサンドロス大王に入る前に


もしも、アレクサンドロス大王が存在しなかったなら、我々の住む世界は今とは大きく異なっていた可能性がある。


なぜなら、アレクサンドロス大王がギリシア世界からアジアに持ち込んだものには、文化的な価値観や感性そして美意識といったものも含まれていたからである。



それは今でも我々の心の中にハッキリと自覚できる形で残っている。


例えば、我々アジア人には、かつてアジア人の特徴を色濃く持った独自の美人の基準があった。

ところが、アジアにおいてその美人の基準は大きく変わり、白人の特徴に近い容姿が美人とされるようになっていった。

そして、その感覚は現在のアジア人に深く深く根付いている。

アレクサンドロス大王が存在していなかったら、この感覚がそこまで深いものにならなかった可能性は十分にある。


そして、我々が親や教師から受けた影響の中に、これ以上に揺るぎない感覚はあるだろうか?


我々人類にとってアレクサンドロス大王は、親以上に親であり、教師以上に教師なのである。


良し悪しは別にして、アレクサンドロス大王の東方遠征は、それだけの影響を2000年以上に渡って与えるような事だったのである。




さて、アレクサンドロス大王の時代にはギリシアという一つの国は存在していない。

ギリシア世界という概念の中に、アテナイ、スパルタ、テーバイなどの都市国家がギリシア世界の中に存在していた。

マケドニアはそんなギリシア世界の中に存在する国家であった。



ギリシア世界に住む人々は、ギリシア人としての誇りを強く持っていたが、一方でこの時代の世界の最先端はペルシアであった。


アケメネス朝ペルシア帝国は、現在のイランを中心に、東は現在のトルコやエジプト、西は現在のパキスタンのあたりに及ぶ、広大な地域を支配下においていた。


ギリシアはかつてのように世界の中心ではなくペルシアが文明や経済の中心となっていた。




そして、この時代のギリシア世界にとって、東はペルシア帝国の先にインドがあって、その先はギリシア神話に登場する世界の果てオケアノスであると信じられていた。


コロンブスがアメリカ大陸に上陸する1800年ほど前のこの時代、世界の中心からインドまでが世界の全てであった。


そして、コペルニクスの地動説が唱えられ、人類に地球が丸い可能性が提示されたのは、コロンブスよりもさらに後の時代である。


アレクサンドロス大王の時代の人々は、世界の果てオケアノスは、天まで届く高い壁があったり、海水が永遠の奈落に落ちる滝があったり、そういうイメージを持っていた。



アレクサンドロス大王は、今から2000年以上前の紀元前336年に、ギリシア世界を代表して、その文化を世界の果てオケアノスまで広げようとしたのである。


イッソスの戦い


そんなアレクサンドロス大王とその部下6人の計7人を通して、アレクサンドロス大王の足跡とその後継者争いを表現します。



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・アレクサンドロス3世   (案内人・アーサー)

・ヘファイスティオン     (案内人・トリスタン)

・ペルディッカス       (案内人・ガウェイン)

・アンティパトロス      (案内人・モルドレッド) 

・アンティゴノス1世    (案内人・ランスロット)

・セレウコス1世      (案内人・パーシヴァル)

・プトレマイオス1世    (案内人・ガラハッド)

・王妃スタテイラ2世    (案内人・グィネヴィア)



世にも醜い貴婦人ラグネル

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アーサー王が世にも醜い貴婦人ラグネルに助けられた時に「どんなものでも与える。」と約束すると、ラグネルは「円卓の騎士」から夫が欲しいと答えた。


ラグネルは、片目が潰れ、歯は何本も欠けており、ヒゲが生え、縮れた白髪が不格好に伸び、さらに悪臭も放っていたため、その容姿に「円卓の騎士」は皆、尻込みをした。


ところがガウェインがラグネルの夫になることを名乗り出た。

ガウェインはラグネルの瞳に潜む哀愁と気高さを感じ、深い同情と計り知れない尊敬を抱くのであった。ガウェインはラグネルに対して王妃にひざまずくかのごとく礼儀正しく接した。

世にも醜い貴婦人

ガウェインとの結婚が決まり、ラグネルがキャメロット城に付くと、あのガウェインの妻となる女の醜さに城内は大きくザワつき、ガウェインに憧れる婦女子達からは悲鳴すらもれていた。
 


結婚式の前日の夜、ガウェインとラグネルが二人きりになると、ラグネルの姿は若く光り輝くほどに美しくなっていた。


ラグネルは
「これが私の本当の姿です。私はあの醜い姿で愛してくれる男性が現れると、昼と夜のどちらかだけ元の姿でいられるのです。選んで下さい。」と言った。


ガウェインは
「では、昼だ。愛する妻が城内で見下されるのは面白くない。私はオマエを愛しているから夜は醜くても構わない。」と返事した。

ラグネル

それに対してラグネルは「あなたは私に愛する夫の前で醜くいろと言うのですか?」と返した。


ガウェインは「では、オマエが好きな方が私の答えだ。」と言った。

  

するとラグネルは
「それでは昼と夜の両方に致します。私の呪いは愛してくれる男性が現れると昼と夜のどちらか、そして、その男性が騎士らしく私の名誉を守ってくれたら昼も夜も両方、元の姿に戻れるというものでした。」と答えた。


こうして、ラグネルは完全に元の姿に戻れたのであった。




ディズニー映画にもなった「美女と野獣」は、この世にも醜い貴婦人のエピソードをモチーフにしたものである。



金髪のイゾルデ

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アイルランドの地は狂暴なドラゴンの猛威に悩まされていたため、アイルランドのアグウィサンス王は、ドラゴンを退治した者には身分を問わず娘イゾルデを与えると布告していた。


ところが、そのドラゴンを倒したトリスタンは、自身が仕えるコーンウォールのマルク王の花嫁候補として金髪のイゾルデを探していた。


金髪のイゾルデの父アグウィサンス王は、ドラゴンを退治した者の主君に娘を嫁がせることは道理に反していないため、娘をマルク王に嫁がせることを決めた。

トリスタンとイゾルデ

トリスタンが金髪のイゾルデをコーンウォールに連れて帰る道中、二人はお互いに惹かれあっていることを確認し、夢のような時間を過ごした。

しかし、金髪のイゾルデがコーンウォールに着くと、マルク王は金髪のイゾルデを大いに気に入り、予定通り金髪のイゾルデはマルク王と結婚することになった。


金髪のイゾルデとマルク王が結婚しても、 愛し合うトリスタンと金髪のイゾルデは、やがて密かに逢瀬を重ねるようになるが、やがてその間柄は露見してしまう。

トリスタンとイゾルデ2

マルク王は、一度は二人に死刑を宣告するが、金髪のイゾルデを愛していたこと、トリスタンを寵愛していたことから、トリスタンの国外追放処分で事は治まった。



トリスタンがコーンウォールを去る時、金髪のイゾルデは

「二人がこの世界のどこにいようとも、私の夫は未来永劫あなたです。」

そう言って、金の指輪を渡すのであった。




それから、トリスタンは放浪の末、アーサー王の「円卓の騎士」に加わり、ブルターニュのホエル王の娘である白い手のイゾルデと結婚する。


寂しさと幸せを望む心の狭間でトリスタンは白い手のイゾルデと結婚し、普通の夫以上に白い手のイゾルデを愛し大切にしていた。
しかし、トリスタンの心の真ん中に住んでいたのは、いつでも金髪のイゾルデであった。


そうして、トリスタンが戦争で重傷を負い、死を待つことしか出来なくなった時、トリスタンは使者に金髪のイゾルデにもらった指輪を持たせてコーンウォールに行くように命じた。

そして、帰りの船に金髪のイゾルデが乗っているのであれば船に白い帆を、船に金髪のイゾルデが乗っていなければ黒い帆を掲げてくれと頼んだ。

イゾルデの船

使者から事の成り行きを聞き指輪を渡された金髪のイゾルデは、白い帆を掲げてトリスタンのもとへと急いだ。


ところが、白い手のイゾルデは、その船の帆の色は黒であるとトリスタンに告げてしまう。
それを聞いたトリスタンは、振り絞っていた気力を失い、息をひきとった。


数時間後、事切れたトリスタンのもとに到着した金髪のイゾルデは、トリスタンの亡骸に覆いかぶさると、悲しみのあまり離れようとせず、いつの間にか彼女も息をひきとっていた。

トリスタンの死

事の顛末を伝え聞いたマルク王は、悲しみの言葉も許しの言葉も一言も述べず、トリスタンと金髪のイゾルデの遺体をコーンウォールに運び、二人を同じ墓に埋葬した。

 

墓は、トリスタンの眠っている側からハシバミが生え、金髪のイゾルデの眠っている側からスイカズラが生え、共にお互いの方に枝を伸ばし、二度と離れまいと、枝は複雑に絡まりあっていた。



罪を知らない乙女ディンドラン

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聖杯探究の途中で、ガラハッドは世に最高の騎士のみが使用できる剣を手に入れるが、その剣の剣帯はボロボロで、もはや使い物にならなくなっていた。

そして、その剣の剣帯は、罪なき乙女が自身の最も大事なもので作った剣帯でなくてはならなかった。


パーシヴァルの生き別れの妹ディンドランは罪を知らない乙女であった。

ディンドランは黄金よりも黄金に輝く滑らかな自分の髪をとても大事にしていた。


ディンドランは少年のように頭を剃りあげ、自身の髪の毛でガラハッドの剣帯を編むのであった。

ガラハッドはディンドランにひざまずくと「私はそなたの騎士です。永遠に。」と言った。

ディンドラン

そこからガラハッド、パーシヴァル、ボールスと行動を共にしたディンドランであったが、旅の途中で、呪われた老女を助ける為に自らの命を差し出す。

ディンドランは自分の墓は聖都サラスに作って欲しいと願いながら息をひきとった。


その後、ディンドランの墓の隣に、聖杯の力で昇天したガラハッドの墓が作られた。

世に最高の騎士ガラハッドは約束通り永遠にディンドランの騎士となった。

微笑まないクンネヴァール

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パーシヴァルが、アーサー王の盃を奪った無礼な騎士を追いかけることになった時、出陣するパーシヴァルに誠の騎士にしか微笑まないと評判の乙女クンネヴァールが微笑んだ。

 

 

 

「円卓の騎士」の古株ケイは、日頃から田舎育ちでみすぼらしい格好をしているパーシヴァルをバカにしていた。

 

それなだけに、クンネヴァールがパーシヴァルに微笑んだことが癇が障り、彼女の頬を打った。


パーシヴァル&ケイ
  
パーシヴァルとケイ

パーシヴァルはアーサー王の盃を取り返してくると、ケイを力ずくで懲らしめてクンネヴァールに謝罪するよう求めた。



ライトイエロー

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カーボネックのエレイン

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エレインという名前は、アーサー王伝説に多く登場する名前である。

ギリシア神話に登場する世界一の美女「ヘレネー」のフランス語読みであるため、美しい女性であることを表現するため多用された。

アーサー王伝説が、ケルト人の伝説から始まり、フランスで多くのストーリーを追加され、イギリスに逆輸入された経緯から、アーサー王伝説にはフランス風の名前を持つものがかなり存在する。


エピソードとして最も有名な「エレイン」はアストラットのエレインであるが、ここでは、ガラハッドの母となるカーボネックのエレインを取り上げる。



カーボネックのエレインは、ペレス王の娘でアリマタヤのヨセフの末裔とされている。


エレインは「この国で最も美しい」という評判が嫉妬を買い、魔法で閉じ込められ、熱湯で茹でられるという苦しみを受けていた。

それをランスロットが助け出したため、エレインはランスロットに恋をする。

しかし、王妃グィネヴィアしか愛することの出来ないランスロットは、エレインの気持ちにこたえようとはしなかった。

Elaine of Carbonek

エレインは、せめて一夜でもとの想いから、魔法の薬の幻覚によってランスロットに自分を王妃グィネヴィアと誤認させて、ランスロットと一夜を共にし、ガラハッドをもうける。



そして、グィネヴィアではないと気付いたランスロットはアッサリとエレインのもとを立ち去る。

エレインは、女としての屈辱にまみれながらも、自らの命の恩人であり愛おしい息子を与えたランスロットを悪く言うことは生涯一度もなかった。



妖妃モルゴース

モルゴース 700x1000 akaFrivolity



モルゴースは、アーサー王とは父親違いの姉にあたる。

オークニーのロット王と結婚し、後に「円卓の騎士」の主力メンバーとなるガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス、ガレスを産む。


しかし、夫であるオークニーのロット王がアーサー王と敵対し、モルゴースはスパイとしてアーサー王の宮廷に現れる。
 
モルゴース

そして、自分の姉とは知らずモルゴースの美しさに惹かれたアーサー王を、モルゴースは誘惑し、二人の間に不義の子モルドレッドが誕生する。


このモルドレッドは、後にアーサー王の最大の敵として登場することになる。



ライトイエロー
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ミルコ・クロコップ(Mirko Cro Cop)

MirkoCroCop
K-1 WORLD GP 2012
優勝

 

 

 

1974910 生まれ

 

出身地 ヴィンコヴツィ

国籍  クロアチア

 

身長  188cm

 

 

 

ミルコ・クロコップの知名度を大きく上げたのは、K-1 GRAND PRIX '99 開幕戦でのマイク・ベルナルドとの一戦であった。


当時、トップクラスの実力と抜群の人気を誇っていたマイク・ベルナルドを左ハイキック一閃1ラウンドKO勝利したことにより、大きなインパクトをファンに与えた。

 

この年のグランプリでは、マイク・ベルナルドを破った勢いそのままに準優勝を果たし一躍人気を集めるようになる。

 

 

その後もK-1で一定の活躍を見せるが、2003年から主戦場を総合格闘技に完全シフトする。

 

総合格闘技の試合でも、必殺の左ハイキックで多くの勝利を挙げ、寝技に偏重していた総合格闘技の技術体系に大きな風を吹かせた。

 

そして、PRIDE無差別級グランプリ2006で優勝するなどの結果も残した。

 

 

 

201112月にキックボクシング復帰を表明し、2013年にK-1 WORLD GP FINAL in ZAGREBで優勝を果たす。

このイベントはもともと
20121226日にニューヨークで開催予定であったが、2013315日にクロアチアのザグレブ開催に変更された。

 

また、このイベントは、K-1の興行体制の混乱から規模が大幅縮小し選手レベルも大きく下がったイベントとなり、2010年までのグランプリとはその質が大きく違う。

 

しかしながら、間違いなくK-1の看板が掲げられたグランプリであり、K-1でのグランプリ制覇を悲願としていたミルコ・クロコップはリング上で涙を流して優勝を喜んだ。

 


ミルコ・クロコップはK-1にとって、2年ぶりにして2016年現在までの最後のグランプリ王者となった。

 

総合格闘技でも通用した必殺の左ハイキックは、観る者に破壊力を超えた説得力を与え、抜群の実力以上の人気を誇っていた。



 

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