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新撰組

総長 山南 敬助

山南 敬助700x1000



山南の生い立ちについては断定できるものはないが、仙台藩を脱藩して江戸に出たという説が最も有力視されている。

 

 

江戸では小野派一刀流の免許皆伝で、後に北辰一刀流の千葉周作の門人となり、また柔術の腕前も高いまさに武人であった。

 


 

こうした武の腕を高めようとする山南は、近藤勇の天然理心流に他流試合を挑むが、相対した近藤に敗れ、この時、近藤の剣の腕前や人柄に惹かれた山南は、これ以後、試衛館の門人と行動を共にするようになる。

 

 

そして、試衛館には後の新選組中心メンバーとなる土方歳三・沖田総司・永倉新八らが集っていた。
 

試衛館
 

 

1863年、将軍・徳川家茂が京都に行った際の警護の浪士が募集されると、山南は近藤についていく形で、土方歳三、沖田総司、井上源三郎、永倉新八、原田左之助、藤堂平助という試衛館の8人と共に京都へ赴く。

 

 

 

京都に辿り着いた浪士隊は、壬生浪士組から新撰組へと名を変え、徐々にその存在感を増していくが、隊内は近藤派と芹沢派による駆け引きが色濃くなっていた。

 


 

山南は、土方らと共に芹沢暗殺の実行者であったという説が有力視されている。


 

芹沢暗殺により新撰組が近藤勇主導の組織となると、山南の発言力と活躍も増していった。

 

 

 

インテリで剣の腕も確かな文武両道の山南であったが、剣豪揃いの新撰組においては、主に知性の方が重宝され、新撰組の頭脳として活躍する。

 

 

武骨な隊士達にとって山南の剣の腕はストレートな尊敬を集め、山南の豊富な知識は隊士達に大人としての知識欲を刺激し、山南は隊内での人気が非常に高かった。

 

 

また、山南は、心優しく温厚な性格から、壬生の女性や子供たちから慕われており、新撰組が過去のものとなった明治のはじめ頃まで、壬生界隈には「親切者は山南」という言葉が使われている。

 

 

この頃までの山南は新撰組で充実した日々を送っていたことであろう。

 

壬生村2

 

しかし、山南とは剣術の同門である北辰一刀流を学び、熱烈な尊王攘夷論者として高い学識を誇っていた伊東甲子太郎が新選組に入隊すると、新撰組は伊東に敬意を払う形で、山南より上位となる参謀という役職を新設した。

 

 

新撰組の頭脳として存在感を持っていた山南にとって、インテリ部門に自分よりも重宝される存在が現れたことにより、徐々に隊内での働き場所を失っていく。

 


 

日に日に孤独感を募らせていく山南は「江戸へ行く」と置き手紙を残して行方をくらませる。

 

 

隊規の局中法度で脱走は死罪と決まっており、近藤と土方は、隊の規律を示すためにも、すぐに沖田を追っ手として差し向けた。

 

 

 

近藤と土方が沖田一人だけを派遣するという不可解な指示を出した背景については、様々な憶測がされているが、山南と沖田が非常に仲が良かったため、沖田が山南を見逃し、その目撃者が誰もいないという状況を作りたかったのではないかと考えられている。

 


 

しかし、山南の本心は、居場所のなくなった新撰組を出たいということよりも、居場所を失い生き甲斐を失ったという事に寄っていた。

 

山南の脱走は、半ば死を覚悟しての運だめしのような部分があったのかもしれない。

 

 


 

沖田に追いつかれた山南は、そのまま新撰組屯所に戻る。

 

この時、山南と沖田がどんな言葉を交わし合ったのかは分からない。

 

しかし、沖田に追いつかれ、運だめしに敗れた時点で、山南は近藤と土方のメンツや、自分のような大幹部でも規則を破れば罰せられるという結果をもって、新撰組そのものの顔を立てる事を、決めたのであろう。

 


 

屯所に戻った山南は正式に切腹を命じられる。

 

 

永倉は再度の脱走を勧め、手はずを整えようとするが、覚悟を決めていた山南は応じなかった。

 

 


 

死を覚悟していた山南は馴染みにしていた遊女の明里を身受け(当時の遊女は人身売買で店に在籍しているため、その遊女が一生の間に稼ぐであろう金を店に払うことで妾などとして買い取るシステムがあった。)し、自由の身となって故郷に帰れるように計る。

 

 

文武両道、武士としての美徳を備え、人間として一つの完成系に達していた山南は、恋に対しても誠実であった。

 

山南敬助1
 

死にのぞむ山南の姿勢はかくも美しく、その姿に対して近藤は、自身が大好きな忠臣蔵を引き合いに「浅野内匠頭でも、こうは見事にあい果てまい」と賞賛する。

 

 

介錯は山南たっての希望により、最も仲が良かった沖田が務めた

初代筆頭局長 芹沢 鴨

芹沢 鴨700x1000



芹沢は、水戸藩出身の浪士であるが、出自においては、いくらかの説があり、断定できるものはない。


 

剣の腕は、戸賀崎熊太郎に神道無念流剣術を学び、免許皆伝を受け師範代を務めた。

 

 


 

メンバーの一部が桜田門外の変という歴史的な事件を起こす玉造勢という組織に芹沢は参加し、尊王攘夷のために、豪商を周り、資金集めに奔走していたが、乱暴な手段が悪評を呼ぶ。

 

その恐喝まがいの資金集めがもとで、芹沢は牢獄生活を送ることになる。

 

 

釈放された芹沢は、国家国事のために尽くした事が元罪人という結果になった不満、持って生まれた我の強さと上昇志向から、その身を持て余していた。

 

 芹沢鴨
 

そんな折に、将軍・徳川家茂が京都に行った際の警護の浪士が募集される。

 
 

尊王攘夷への思いから罪人にまでなった芹沢は、天皇のいる京都で仕事することに、ガラに似合わず胸が躍った。

 

 

芹沢は、玉造勢の頃からの仲間である新見錦をはじめ、平山五郎・平間重助・野口健司などを従えて浪士隊に参加。

 

 

 

京都に辿り着いた浪士隊は、壬生浪士組から新撰組に名を変え、徐々にその存在感を増していくが、隊内は近藤派と芹沢派の確執が色濃くなる。

 

 

数の上では近藤派の方が多かったが、芹沢の持つ存在感と圧倒的な威圧感、それに高圧的な態度が、隊内で芹沢派の意見を強くしていた。

 

 

その結果、近藤と芹沢による局長二人体制を望む近藤派の主張を退け、壬生浪士組は芹沢・近藤・新見による局長三人体制および筆頭局長が芹沢という形になる。

 

 

 

 

壬生浪士組は会津藩の預かりという形になっていたが、当初は給金の支給がほとんどなかった。

 
 

そのため芹沢は、大阪の商家などから恐喝まがいの資金集めを、隊のため自分のため率先する。

 
 

しかし、このような事は会津藩の評判に関わるので、これに困った会津藩は壬生浪士組に対して正式に手当を支給することになり、芹沢の乱暴狼藉はやり方はとにかく、壬生浪士組の運営を安定させるという結果を出したのは確かであった。

 

壬生村2

隊でのヒエラルキーはトップに位置し、形はどうあれ結果を出し、生来の我の強さが増長する一方であった芹沢は、18636月、道ですれ違った大坂相撲の力士が、道を譲らなかったことに激昂して暴行を加える。

 

そこに力士の仲間が駆けつけ乱闘になり、力士側に死傷者が出る騒ぎとなった。

 

 

当時の常識的な感覚として、侍に道を譲らないことが無礼なのは確かであり、力士側も江戸からやって来た侍をなめていた部分があったことが想像でき、また、奉行所は力士側に非があると判断し、力士側は壬生浪士組に50両を贈り詫びを入れるという結果になっている。


 

ただ、そういったことが考慮できるものの、やはり、この騒ぎも芹沢の我の強さを表していた。

 

 

 


 

芹沢の豪胆さを強いリーダーとして頼もしく感じる隊士もいる一方で、壬生浪士組で天下の大仕事をして近藤の出世を願う土方は反感を強めていく。

 

 

 

そんな折に、芹沢は、気に入っていた吉田屋の芸妓である小寅が、芹沢に肌を許さなかったことに立腹し、店を破壊すると主人を脅して、小寅とその付き添いのお鹿を呼びつけると二人を断髪させるなどの恥辱を与える。

 

 

 

 

芹沢がいては、新撰組の評判は悪くなり大きな仕事ももらえず、近藤を出世させることが出来なくなると考えていた土方は、厳しい隊の規律である局中法度をもとに芹沢派の新見錦を切腹に追い込んだ。

 

八木邸・芹沢暗殺痕
 
 

18639月、芹沢は、平山五郎、平間重助と、それぞれのお気に入りの女と共に泥酔するまで飲み、それぞれ女と一緒に眠りにつく。

 

 

大雨が降る深夜、芹沢の寝ている部屋に4人の男が押し入り、一緒に寝ていた女のお梅もろとも芹沢はメッタ斬りにされる。

 

 

近くで寝ていた芹沢派の平間は逃亡に成功するが、平山は殺害された。

 

 

ただ一人、隊に残っていた芹沢派の野口健司は12月に切腹となる。

 

 

 
 

芹沢暗殺の実行者は諸説あるが、4名によるもので、確実視されているのが土方歳三と沖田総司、ほぼ確実に原田左之助、おそらく山南敬助とされている。

 

 

 

 

芹沢は、豪胆で横柄な人柄を伺わせるエピソードが残り、特に創作では手のつけられない凶暴な悪漢のように描かれるが、分宿していた八木家の娘が夭折した際には、誰よりも率先して葬儀を手伝ったり、子ども達には面白い絵を描いて喜ばせたりしていたので人気があったという



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