紀元前333年「イッソスの戦い」で、マケドニア軍を侮っていた父ダレイオス3世は、負けるはずのない戦闘を見物させるつもりで非戦闘員を同行させていた。
しかし、ペルシア軍がマケドニア軍に敗走すると、ペルシア軍に同行していたスタテイラ2世は、母、祖母ら家族と共に陣中に取り残され、マケドニア軍に捕らえられた。
その後、インドまで遠征していたアレクサンドロス3世率いるマケドニア軍がスーサに帰還すると、ペルシアの文明の高さへの心酔が強くなっていたアレクサンドロス3世は、マケドニアの兵士と現地のペルシア人女性との合同結婚式をおこなった。
この時に、敵ながらダレイオス3世に対する尊敬の念を強めていたアレクサンドロス3世は、その娘であるスタテイラ2世を妃に迎えた。
スタテイラ2世の妹ドリュペティスは、アレクサンドロス3世の親友ヘファイスティオンの妻となった。
しかし翌紀元前323年にアレクサンドロス3世が死去すると、アレクサンドロス3世の最初の妃であるロクサネがアレクサンドロス4世を産む。
ロクサネは、スタテイラ2世がアレクサンドロス3世の子どもを宿していた場合、息子であるアレクサンドロス4世の障害になるため、スタテイラ2世を妹ドリュペティスともども殺害した。
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