絶世の美女として後世に名を連ねる人物は少なくない。
選ぶ以上、主観が1ミリも存在しないことはあり得ないが、主観が100%であるならば、究極、自分の恋人や妻になってしまう可能性すらある。
それは全く人類史的ではない。
極端な話、有名画家のモデルになった名もなき少女ってわけにはいかない。
さらに1000年経っても名前が残るには歴史的な影響のあった人物でないと100年後には忘れられている。
絶世の美女であるからには、当然であるが、基本的に写真がない時代がほとんどである。
その時代の一流のアーティストが残した絵画や彫像が似ていないと考える方が無理がある。
時代に左右されると思い込まれているのが一般的であるが、そうではないと考えている。
その根拠がヘレニズム文化である。ギリシアの女神の彫像を見ると、現代の美人の基準と大きく違っているようには思えない。2000年以上前から、目が大きく、面長で、鼻が高い、そういう特徴は一緒である。
アレクサンドロス大王がギリシアの価値観を拡散して以降は、美人もグローバルスタンダードとなっている。日本ですら飛鳥文化(1400年くらい前)にはその影響が見られる。
クレオパトラ7世は、人類史上屈指の偉人を魅了し、そんな女性は「美女」に決まっているという現実的な見解と、クレオパトラ7世の教養の高さをクローズアップして逆に容姿はそこそこであったというフェミニズムが絡んだ見解とが、常に存在してきた。
その価値観には賛成であるが、その価値観のために、歴史を正確に推測することを否定したいとも思わない。
・クレオパトラ7世 (案内人・グィネヴィア)
・楊貴妃 (案内人・エレイン)
・ヒュッレム・ハセキ・スルタン (案内人・クンネヴァール)
・ベアトリーチェ・チェンチ (案内人・イゾルデ)
・マリア・テレジア (案内人・モルゴース)
・マリー・アントワネット (案内人・ディンドラン)
・デュ・バリー夫人 (案内人・ラグネル)