703x999デュ・バリー夫人


 

本名はマリ=ジャンヌ・ベキュ、1743819日、フランスのシャンパーニュ地方でアンヌ・ベキュの私生児として生まれた。

 

母アンヌ・ベキュは弟を生んで間もなく駆け落ちし、デュ・バリー夫人は叔母に引き取られて育つ。

 

 

7歳の時、再婚した母に引き取られてパリで暮らし始めたデュ・バリー夫人は、金融家の継父からかわいがられて、教育の機会に恵まれ、15歳で修道院での教育を終える。

 

修道院を出て最初に侍女として働いた家では、素行上の問題から解雇された。

 

 

その後、男性遍歴を繰り返し娼婦同然の生活をしながら、日々をどうにか食いつなぎ、1760年にお針子として「ア・ラ・トワレット」という洋裁店で働き始める。
 

デュ・バリー夫人1
 

若くて美しいデュ・バリー夫人は、やがてデュ・バリー子爵に囲われ、貴婦人のような生活と引き換えに、子爵が連れてきた男性とベッドを共にした。

 

 

もともと娼婦同然の生活で、それも貧しさを生き抜いたデュ・バリー夫人にとって、家柄のよい貴族や学者、アカデミー・フランセーズ会員などを相手にして、それ相応の身なりをして洒落た遊びに触れることは、キャリアアップにも等しかった。

 

事実、その世界は大きく広がっていく。

 

 

 

1769年、フランス国王ルイ15世に紹介される。 
 

ルイ15世DB
  
ルイ15

 

ルイ15世は、その5年前に寵愛していた愛人ポンパドゥール夫人を亡くしていた。

デュ・バリー夫人はそのチャンスをものにし、ルイ15世はデュ・バリー夫人の虜になって愛人にすることを決める。

 

 

デュ・バリー夫人は、デュ・バリー子爵の弟と結婚して「マリ・ジャンヌ」から「デュ・バリー夫人」と名を変えると、もろもろ形式的な手続きを終えて、正式にルイ15世の公妾となって社交界にデビューした。

 

 

 

フランス宮廷に入ったデュ・バリー夫人は、その頃オーストリアからフランス王太子ルイ・オーギュスト(後のルイ16)に嫁いできたマリー・アントワネットと犬猿の仲になる。

 

 

マリー・アントワネットは娼婦や愛妾が嫌いな母マリア・テレジアの影響を強く受け、デュ・バリー夫人の出自の悪さや存在を汚らわしく思い、不衛生なものを避けるように徹底的に無視し続けた。

 

 

加えて、かねてからデュ・バリー夫人と対立関係にあったルイ15世の娘であるアデライード王女、ヴィクトワール王女、ソフィー王女らが、宮廷で最も身分の高い婦人マリー・アントワネットを味方につけようと画策したことで、その対立は深くなっていった。

 

 

 

1774年、宮廷内でのデュ・バリー夫人の後ろ盾である国王ルイ15世が天然痘で倒れる。


後ろ盾が病に侵され宮廷内で裸同然となったデュ・バリー夫人は、追放同然に宮廷を追われることになった。

 

 

そのため、一時的に不遇な時間を過ごしたが、宰相ド・モールパ伯爵やモープー大法官などの人脈を使って、パリ郊外のルーヴシエンヌに起居し、落ち着いた時間を取り戻していく。

 

 

その後、ド・ブリサック元帥やシャボ伯爵、イギリス貴族のシーマー伯爵達の愛人になり、再び優雅な日々を送る。

 

デュ・バリー夫人5
 

1789年、フランス革命が勃発すると、愛人であるド・ブリサック元帥が虐殺されたため、デュ・バリー夫人はイギリスへと逃れると、フランスから亡命しようとする同胞を援助した。

 

 

 

しかし、17933月、デュ・バリー夫人は危険を冒して、革命政府に差し押さえられた自分の財産を回収しにフランスに帰国すると、革命派に捕えられてギロチン台へ送られた。

 

 

デュ・バリー夫人が回収しに来た宝石の数々は、私生児として生まれ、娼婦として生き、貴族社会で侮蔑され、それでも多くの男達が自分に夢中になった確かな証である。異国に逃れ、若さを失い、それなだけに奪われたくなかった想い出の数々だった。

 

 

 

死刑執行人のサンソンと知り合いであったデュ・バリー夫人は、泣きわめいて命乞いをする。

同情心に耐えきれなくなったサンソンは、息子に刑の執行を委ね、最終的にはデュ・バリー夫人は処刑された。

 

デュ・バリー連行
 

女流画家のルブラン夫人のフランス革命に関する回顧録では、断頭台で多くの貴族女性が命を落とすたびに、歓喜に沸いた民衆が、泣き叫びながら慈悲を乞うデュ・バリー夫人の姿には直視できず、その死は盛り上がりに欠けるものであったという。

 
 

そのためルブラン夫人は「私が確信したのは、もしこの凄まじい犠牲者達が、あれ程までに誇り高くなかったならば、あんなに敢然と死に立ち向かわなかったならば、処刑の嵐はもっとずっと早く過ぎていたであろう。」と述懐している。

 


 

潔く毅然とした名誉ある死は新たな死を招き続け、情けなく惨めでブザマな死が命の重さを教えた。

 



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