もしも、アレクサンドロス大王が存在しなかったなら、我々の住む世界は今とは大きく異なっていた可能性がある。


なぜなら、アレクサンドロス大王がギリシア世界からアジアに持ち込んだものには、文化的な価値観や感性そして美意識といったものも含まれていたからである。



それは今でも我々の心の中にハッキリと自覚できる形で残っている。


例えば、我々アジア人には、かつてアジア人の特徴を色濃く持った独自の美人の基準があった。

ところが、アジアにおいてその美人の基準は大きく変わり、白人の特徴に近い容姿が美人とされるようになっていった。

そして、その感覚は現在のアジア人に深く深く根付いている。

アレクサンドロス大王が存在していなかったら、この感覚がそこまで深いものにならなかった可能性は十分にある。


そして、我々が親や教師から受けた影響の中に、これ以上に揺るぎない感覚はあるだろうか?


我々人類にとってアレクサンドロス大王は、親以上に親であり、教師以上に教師なのである。


良し悪しは別にして、アレクサンドロス大王の東方遠征は、それだけの影響を2000年以上に渡って与えるような事だったのである。




さて、アレクサンドロス大王の時代にはギリシアという一つの国は存在していない。

ギリシア世界という概念の中に、アテナイ、スパルタ、テーバイなどの都市国家がギリシア世界の中に存在していた。

マケドニアはそんなギリシア世界の中に存在する国家であった。



ギリシア世界に住む人々は、ギリシア人としての誇りを強く持っていたが、一方でこの時代の世界の最先端はペルシアであった。


アケメネス朝ペルシア帝国は、現在のイランを中心に、東は現在のトルコやエジプト、西は現在のパキスタンのあたりに及ぶ、広大な地域を支配下においていた。


ギリシアはかつてのように世界の中心ではなくペルシアが文明や経済の中心となっていた。




そして、この時代のギリシア世界にとって、東はペルシア帝国の先にインドがあって、その先はギリシア神話に登場する世界の果てオケアノスであると信じられていた。


コロンブスがアメリカ大陸に上陸する1800年ほど前のこの時代、世界の中心からインドまでが世界の全てであった。


そして、コペルニクスの地動説が唱えられ、人類に地球が丸い可能性が提示されたのは、コロンブスよりもさらに後の時代である。


アレクサンドロス大王の時代の人々は、世界の果てオケアノスは、天まで届く高い壁があったり、海水が永遠の奈落に落ちる滝があったり、そういうイメージを持っていた。



アレクサンドロス大王は、今から2000年以上前の紀元前336年に、ギリシア世界を代表して、その文化を世界の果てオケアノスまで広げようとしたのである。


イッソスの戦い